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2022.06/20 [Mon]
ふっくらボテロのユーモアとクリティカル:「ボテロ展 ふくよかな魔法」

渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで「ボテロ展 ふくよかな魔法」が開かれています。南米コロンビア出身の美術家、フェルナンド・ボテロ(1932~)の生誕90年を記念してボテロ自身が監修し、初期から近年の作品、油彩、水彩、素描など70点が展示されています。
ザ・ミュージアムの壁に作品17点が看板になっています。人物、果物、花、楽器がふくらんだ形で描かれています。
■彫刻にもボリューム感

ボテロ《小さな鳥》 1988年 ブロンズ 広島市現代美術館
地下1階のテラスには、《小さな鳥》が展覧会開催中に限り展示されています。「ふくよかな」ボリュームを実感できます(広島市現代美術館は2023年3月まで改修工事のため休館中)。
山梨県立美術館の庭にも《リトル・バード》(ブロンズ 1988年 130×126×124cm、タイトルは英語のカタカナ読み)が展示してあり、私がボテロ彫刻に初めて出会った作品でした。

2017.8.30撮影
ボテロ《横たわる人物》埼玉県立近代美術館 ブロンズ 1984年 120.0×227.5×157.5cm
埼玉県立近代美術館にもボテロ彫刻があり、よく見ると右手でりんごを握っています。後ろ姿は前姿よりもボリュームがあり、大きなソファーのイメージです。
ボテロの出身地メデジンの街にはボテロの野外彫刻がいくつも設置され、「ボテロ通り」「ボテロ広場」もあり、2000年には、「ボテロ美術館」も誕生しました。
■モナ・リザで注目を集める

撮影コーナー
フェルナンド・ボテロ《モナ・リザの横顔》2020年 油彩/カンヴァス 136x100cm
ボテロが注目されたのは、1963年にニューヨークのメトロポリタン美術館でレオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》が展示されたときに、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のホールに《12歳のモナ・リザ》(ここでは出展なし)が展示されたことです。
今回展示された《モナ・リザの横顔》は世界で初公開です。腕は正面で顔と体は横向き、でも、この作品はひと目見てでダ・ヴィンチ《モナ・リザ》を思い浮かべることができます。似ているけれども摸写ではなく、「同じものを違う方法」で描くのがボテロです。
■聖母の涙

フェルナンド・ボテロ《コロンビアの聖母》1992年 油彩/カンヴァス 230x192cm
ボテロの作品のテーマのひとつに宗教があり、メデジンでは高い地位あった宗教関係者を風刺とユーモアで描きました。この聖母は右手に青りんごを持ち、左手でかかえた少年(イエス?)はコロンビアの国旗を掲げています。聖母は宝石を飾った王冠を被り、おきまりの赤い服と青いマントではなく、黄色いドレス姿、両頬には大粒の涙があります。
■名画の主人公も豊満になる

ボテロ《ピエロ・デラ・フランチェスカにならって(2点組)》1998年 油彩/カンヴァス 204x177cm
ボテロはスペイン・マドリッドのサン・フェルナンド美術学校で学び、イタリア・フィレンツェでフレスコ技法等を研究し、美術史における偉大な芸術家たちをオマージュする作品も描いています。訪問時には「6章 変容する名画」の撮影をすることができました。画面全体に人物が大きく描かれて迫力があります。

左:ボテロ《アルノルフィーニ夫妻(ファン・エイクにならって)》2006年 油彩/カンヴァス 205x165cm
右:ボテロ《ルーベンスと妻》2005年 油彩/カンヴァス 205x173cm
■ここにも「ふっくら」

ボテロふっくらシール
ほかにも果物や楽器を描いた静物画、サーカスなどラテンアメリカの暮らしを描いた作品があります。また、ふっくらしたさまざまなボテログッズもかわいくて迷ってしまいます。

出口の足跡もボテロ風に
会場内の撮影は許可された場所のみ(日によって場所が違うようです)
【ボテロ展 ふくよかな魔法 BOTERO – MAGIC IN FULL FORM】
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_botero/
2022年4月29日(金・祝)〜2022年7月3日(日) Bunkamura ザ・ミュージアム(渋谷)
2022年7月16日(土)~9月25日(日) 名古屋市美術館
2022年10月8日(土)~12月11日(日) 京都市京セラ美術館
ボテロ人生の傑作ドキュメンタリーも上映中です。『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』(2018年、82分)が、Bunkamuraル・シネマにて、2022年4月29日(金・祝)からロードショー、全国順次開催。
https://botero-movie.com/
おすすめ:スペイン語圏の美術を伝えるYoutubuで、2020年秋のマドリードのボテロ展とボテロ自身を紹介
【コロンビア🇨🇴美術】ボテロの世界・マドリード特別展【#094】 - YouTube
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2022.06/18 [Sat]
二人のアンリ、北のシダネルと南のマルタン:シダネルとマルタン展 最後の印象派、二大巨匠

SOMPO美術館
「最後の印象派」とも呼ばれるフランスの画家、アンリ・ル・シダネル(1862-1939)とアンリ・マルタン(1860-1943)の展覧会に行きました。シダネルは北フランスの柔らかい光、マルタンは南フランスの強い光のもとで描きました。展覧会では9つの章に分かれた二人の作品を見くらべながら、二人の共通点と違いを考えました。
■どちらのアンリが描いたの?

左:シダネル《ジュルブロワ、青い食卓》1923年 シンガー・ラーレン美術館
右:マルタン《窓際のテラス》1925年 ギャルリー・アレキシー・ベンシェフ
2歳違いの二人のアンリは細かい筆致をていねいに重ねる印象派風の描き方です。よく似た作品の絵葉書を見つけました。どちらがシダネル?マルタン? 人がいないテーブルと椅子のある風景です。
「19世紀フランスの画家」、印象派展の年代を比べてみました。第8回印象派展の頃、二人とも20代後半でした。
印象派展 第1回1876年~第8回1886年
クロード・モネ 1840~1926年
フィンセント・ファン・ゴッホ 1853~1890年
アンリ・マルタン 1860~1943年
アンリ・ル・シダネル 1862~1939年
ポール・シニャック 1863~1935年
■バラの村・ジョルブロワ

シダネル《ジェルブロワ、テラスの食卓》 1930年 油彩/カンヴァス 100×81 cm フランス、個人蔵
屋根を照らす赤みを帯びた柔らかい夕日、テーブルにあたる少し冷たい日射し、特別なフレームに囲まれた1点は、全体が淡い紅の壁に掛っています。椅子は1脚、ワイングラスにはワインが半分、ここからはどんな物語が始まるのでしょう。静かな時間を一人で過ごすための贅沢な場面でしょうか。それともこれから親しい仲間が集まるのでしょうか。
シダネルが暮らす「ジュルブロワ」は、パリから北へ100キロの村、シダネルがバラを植えたことがきっけになって「バラの村」「フランスでもっとも美しい村のひとつ」として知られるようになりました。
同じSOMPO美術館で2011年に開催された「アンリ・ル・シダネル展 薔薇と光の画家」(2012.04.14~)- 07.01)でシダネルの世界に魅せられました。
■雨が煙るマルケロルのテラス

マルタン《マルケロル、テラス》1910~20年頃、フランス、個人蔵
マルタンは南フランスのラバス ティド・デュ・ヴェールに別荘「マルケロル」を購入してアトリエを構えました。
「マルケロル」とはプロヴァンス語で「岩山の上の家」を意味する造語で、マルタンは家や庭に好みの風景をつくり出しました。マルタンは雨が降ると家のなかからテラスの眺めを描くのが好きだったそうです。雨に煙る風景、水に映る植木鉢、しとしとと雨音が聞えてくるようです。
■壁画家・マルタン

左:マルタン 《二番草》 1910年 フランス、個人蔵
右:マルタン 《ガブリエルと無花果の木[エルベクール医師邸の食堂の装飾画のための習作]》 1911年 フランス、個人蔵
左は林に長い影が伸びる午後、右は空と海、青い服の女性、影も青味を帯びています。右は個人宅の食堂の壁画の下絵、4画面構成のうちの1点で《田舎の昼食》の全体図です。
マルタンがパリ市庁舎、ソルボンヌ大学、トーゥルーズ市庁舎などの公共施設に壁画描いていたことを初めて知りました。公共施設の壁画を描くには、時代を代表する画家が選ばれますが、マルタンは12か所もの施設を手がけたのです。
■最後の印象派

アンリ・マルタン 《腰掛ける少女》 1904年以前 油彩/カンヴァス 96.4×56.5 cm ランス美術館
帰りに建物の看板を振り返ると、夕日を受けた銀色の壁が来たときと違って見えました。
シダネルとマルタンは生涯を通じて人気作家であり続け、フランス国内、ヨーロッパ、アメリカで何度も紹介されました。二人はフランス芸術家協会サロンで活躍し、1900年に新協会創設に加わり、中心的メンバーとして活躍、ともにアカデミー(学士院)の会員、シダネルはアカデミー会長にまで就任しました。没後は徐々に忘れられましたが、近年には少しずつ再評価されるようになりました。会場には、シダネルがマルタンにバラの村を案内するモノクロの動画が流れ、二人の姿を見ることもできました。
今回の作品の多くが「個人蔵」と記されているのは、各国コレクターの手元に置かれているからでしょう。部屋に飾って見たいと思う作品がたくさんありました。
【シダネルとマルタン展 最後の印象派、二大巨匠】
SOMPO美術館(新宿駅 徒歩5分)|この街には《ひまわり》がある。 (sompo-museum.org)
2022.03.26(土)~ 06.26(日)SOMPO美術館(東京・新宿)
2021年11月3日(水)〜2022年1月10日(月)山梨県立美術館
2021年09月11日~10月24日 ひろしま美術館
詳しい紹介があります:シダネルとマルタン展 - 特別コラム - [ひろしま美術館]
https://www.hiroshima-museum.jp/special/detail/202109_SidanerMartin_column.html
*会場内では4作品の撮影が許可されていました。
2022.06/07 [Tue]
NYから常設展示の名画たちが来日:メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年

左:カラヴァッジョ《音楽家たち》1597年 油彩/カンヴァス 92.1×118.4cm
右:ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《女占い師》おそらく1630年代 油彩/カンヴァス 101.9×123.5cm
ニューヨークのメトロポリタン美術館は1870年に創立され、先史時代からの世界中の文化遺産150万点余りを所蔵しています。この展覧会では全17部門のうち、ヨーロッパ絵画部門の約2500点から65点を展示しています。同部門の常設展ギャラリーが2018年から照明設備改修を行っているため、いつもは常設展示をして国外に貸し出すことが少ない名作が来日しました。
展示は3つの章に分れていました。 おもな画家は、クラーナハ、ティツィアーノ、エル・グレコ、レンブラント、ルーベンス、ベラスケス、ヴァトー、ゴヤ、マネ、モネ、ルノワール、ゴッホなど。
【I. 信仰とルネサンス】 15~16世紀のイタリアと北方のルネサンス 17点
【II. 絶対主義と啓蒙主義の時代】 17~18世紀にかけて各国 30点
【III. 革命と人々のための芸術】 19世紀のイギリス、フランス、スペイン 18点
来日65点のうち46点は日本初公開、このブログで紹介する6点も日本初公開、特に素晴らしいと思い、紹介したい作品です。
チラシの2点は左右に並んで展示してありました。両方とも横幅が1メートル以上、複数の人物がアップで狭い空間に描かれ、目力の強い画中の人物からは圧迫感を感じました。《音楽家たち》は演奏前の音合わせ、《女占い師》は中央の若者から財布と金鎖を盗もうとしている、「コト」の始まる前を描いていることも共通していました。
■黄金に輝くテンペラ画

左:フラ・アンジェリコ《キリストの磔刑》1420–23年頃 テンペラ/金地、板 63.8×48.3 cm
右:カルロ・クリヴェッリ《聖母子》1480年頃 テンペラ、金/板 37.8×25.4cm
15世紀のテンペラ画は見る機会が少ないので、じっくり見ました。《キリストの磔刑》はイエスの腹部の疵口からほとばしる血を天使が受け止めて、足先から流れた血は十字架を伝って、大地からアダムのものと言われるガイコツ流れています。十字架の下で倒れている聖母マリア、まわりの人たちの顔の向きや表情まで丁寧です。《聖母子》は模様を織り込んだマント、背景の果物、景色、手前の蝿まで緻密な表現です。手前の石の手摺りのような台の、右端に亀裂があり、マリアの不安を象徴しているようです。
参照:(2013年のブログ)ルネッサンスの画家『カルロ・クリヴェッリ』を読んで
http://hummingbird331.blog.fc2.com/blog-entry-20.html?sp
■ラファエロの油彩画

ラファエロ・サンツィオ《ゲッセマネの祈り》1504年頃 油彩/板 24.1×28.9 cm
「ゲッセマネの祈り」はキリストが最後の晩餐の後、ゲッセマネの園で神に祈り、弟子たちが傍らで眠っている場面。大きな作品が多い中、見逃してしまいそうなサイズです。金色のシンプルな額に赤と青が特に鮮やかに見えました。画像を拡大して見ると、服の色などにさまざまな色を重ねて立体的に描かれていることがわかりました。
■フェルメールの大作・宗教画

ヨハネス・フェルメール《信仰の寓意》1670–72年頃 油彩/カンヴァス 114.3×88.9cm
縦が1メートル以上ある大作、フェルメール人気の室内画ではなく、宗教画です。画面の半分をも占める磔刑図、テーブル上の十字架と聖杯、聖書などが宗教画であることを示しています。床には市松模様のタイル、左にはカーテン、壁に絵画というのは室内画と共通したモチーフです。カーテンに隠れた椅子にはここに座るはずの誰かをも想像させます。
同じに「スコットランド国立美術館展」(東京都美術館)に行き、同じ年代設定で同じ作家の作品を両展で見ました。ヨーロッパ絵画の名作を満喫した1日になりました。どちらも予約制ですが、会場は予想以上に混雑し、空いている作品から見てまわり、行ったり来たりしながらかなり歩きました。
【メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年】https://met.exhn.jp/
2021年11月13日(土)~2022年1月16日(日)大阪市立美術館
2022年2月9日(水)~ 2022年5月30日(月)国立新美術館
2022.06/05 [Sun]
スコットランドから巨匠の名画が多数来日:スコットランド国立美術館展

チラシの両面を飾るのは、イングランドのレノルズ(左)とスペインのベラスケス(右)
上野の東京都美術館で開催している「スコットランド国立美術館 美の巨匠たち THE GREATS」展に行ってきました。
スコットランドはイギリスを構成する連合王国の一つで、グレート・ブリテン島の北部を占め、首都エディンバラの歴史地区は世界遺産に登録されています。
スコットランド国立美術館は1859年に開館したエディンバラにある国立美術館「群」のことで、スコットランド国立美術館、スコットランド国立肖像画美術館、スコットランド国立近代美術館の3つの美術館とパックストン・ハウス、ダフ・ハウスの2つのギャラリーで構成されています。
スコットランド国立美術館は地元名士の寄贈などで世界に誇るコレクションを築き、展覧会ではルネサンスから19世紀後半までの西洋絵画の巨匠たち(THE GREATS)の油彩画・水彩画・素描約90点を、4つの章に分けて西洋美術の流れを展示しています。大型の肖像画が多い印象でした。
とくに日本では見る機会が少ないと思われるスコットランド出身の代表的な画家レイバーン、ラムジー、グラントなど、イングランド出身のゲインズバラ、レノルズ、ターナー、ミレイなどの作品も来日しています。
■プロローグ――エディンバラの風景

アーサー・エルウェル・モファット《スコットランド国立美術館の内部》 1885年 水彩、白の不透明水彩・紙
展覧会は威厳ある大聖堂、エディンバラ城など、コットランド美術館周辺の風景から始まります。絵はがきは、スコットランド国立美術館内部を描いたもの、壁一面に作品を並べています。赤い壁も現在と同じです。肖像画の部屋でしょうか、左にはイーゼルを立てて摸写をしている女性も画かれています。
■ルネサンス――ラファエル素描のやわらかな線

左:アンドレア・デル・ヴェロッキオ(帰属)《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》 1470年頃 テンペラ、油彩
右:ラファエロ・サンツィオ 《「魚の聖母」のための習作》 1512–14年頃 筆と茶の淡彩、白のハイライト、黒チョーク
ヴェロッキョ、ラファエロ、ヴェロネーゼ、ヴァザーリ、コレッジョなど、ルネサンスのイタリア画家の作品が並びます。ラファエロの聖母子は大作の下絵ですが、やわからかい線に温かい雰囲気を感じました。完成した油彩の大作の大部分は工房でつくられるのに対し、習作はラファエル自らが描いた貴重なものです。
■バロック――イタリア、オランダ、フランドル

ディエゴ・ベラスケス 《卵を料理する老婆》 1618年 油彩
初来日のベラスケス19歳の作、緻密でリアル、縦横1メートルもある大きさな作品。
17世紀のヨーロッパ絵画、ベラスケス、グエルチーノ、レンブラント、ルーベンス、ヴァン・ダイク、クロード・ロランなど。
A4ほどの小品(写真なし)ですが、エルスハイマー《聖ステパノの石打》(1603~04年)は、石を投げようとする人々、出血したステパノの姿を時間が止まったように詳細に描いています。
■グランド・ツアーの時代――イギリス、フランス、イタリア

ジョシュア・レノルズ 《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》 1780–81年 油彩
ロイヤル・アカデミー初代会長のレノルズが描く3姉妹、白いドレスの張りと光沢が美しい。3人はそれぞれ糸を繰り、糸を巻き、刺繍をしている。
グランド・ツアーは、イギリスなどから出かける文化的教養を深めるための長期にわたる旅行のことで、グアルディによるヴェネツィア風景画などが土産として、人気がありました。
ゲインズバラの風景画《遠景に見える風景》(1748~50年)は横長サイズに鹿を追う犬の動きを捕らえています。

フランソワ・ブーシェ 《田園の情景(「愛すべきパストラル」)》 1762年 油彩
高さ2.3メートルの大きな作品で額縁もおしゃれにリボンの形、男性が女性に花を贈る物語が始まりそうなシーン。
グランド・ツアーの時代、18世紀のフランスでは、ヴァトー、ブーシェの幻想的な理想郷が好まれました。イギリスでは、肖像画家がゲインズバラ、レノルズ、ラムジーが活躍しました。
小さくてかわいいのは、正方形の額のニコラ・ランクレ《おもちゃの風車》(1730~32年)、少年が手にした風車に少女が頬をふくらませ、口を尖らせて風車を回している表情が自然でした。
■19世紀の開拓者たち――印象派も登場

クロード・モネ《エプト川沿いのポプラ並木》 1891年 油彩・カンヴァス
モネが暮らしたジヴェルニー近くのエプト川、ポプラ並木の連作の1点。心が晴れ晴れとするような晴天と光り溢れる穏やかな川が美しい。
イギリス絵画の巨匠・ライバルのコンスタブルとターナーも1点ずつ並び、おなじみの印象派頃の面々、ドービニー、コロー、スーラ、シズレー、モリゾ、ルノワール、ドガ、ゴーガンなど。モネとゴーガン《三人のタヒチ人》(1899年)はピンク色の枠で強調された展示です。
■エピローグ――ナイアガラ瀑布を聴く

撮影スポットのレプリカ:フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》1867年 油彩
最後を飾るのは、ヨーロッパで学んだアメリカの画家チャーチが描くナイアガラの滝、縦2.6×横2.3メートルの大作を前にソファーに座ってちょっと一息つけます。瀑布の音が聞え、飛沫が降りかかってくるようです。スコットランド生まれの実業家が寄贈した作品です。

ケルト模様のペンダントヘッドは展示室内ミュージアムグッズ売り場で、ひとつ2000円。
「スコットランド国立美術館 美の巨匠たち THE GREATS」展
THE GREATS展 公式サイト (greats2022.jp)
2022年4月22日(金)〜7月3日(日)東京都美術館
2022年7月16日(土)〜9月25日(日)神戸市立博物館
2022年10月4日(火)〜11月20日(日)北九州市立美術館
National Galleries of Scotland | Art Museums in Edinburgh
2022.05/05 [Thu]
500年も色褪せない絵画の秘密 「ヨーロッパ古典絵画の輝き -模写に見る技法と表現」展 茅ヶ崎市美術館

茅ヶ崎市美術館で開催中の企画展「ヨーロッパ古典絵画の輝き -模写に見る技法と表現」は、500年前のヨーロッパ絵画の技法を探るものです。イコン画、イタリア絵画、フランドル絵画など、日本では実物を見る機会も少ないので、色鮮やかで細密な絵画を楽しみにでかけました。
展覧会のサブタイトルに「模写に見る技法と表現」とありますが、展示は単に真似て描くだけではありませんでした。技法を理解して使い、絵の具の種類、透明感、硬さ、練り加減を知り、描くことによって絵の具の重なりかた、厚さ、混色具合などを感じ、技法書にはないことを知ることができる、と解説にありました。「模写」という言葉はここでは軽いように思えました。
■テンペラ画はどうやって描く

原画/カルロ・クリベーリ《マグダラのマリア(部分)》
1480年頃 アムステルダム王立美術館所蔵
摸写制作:十二芳明 縁の盛り上がった模様、髪飾りや服装など金が浮き上がった表現が素晴らしい。
左は、手順を示す:原画、金箔置き、下塗り、色面ごとに仕上げ、金地に彩色
500年前のヨーロッパ絵画の技法のひとつテンペラは、とても手間と時間がかかります。「絵の具の素」として鉱石、泥、炭、金属加工物などを砕いて粉にし、その粉と生卵(黄身や白身の割合はさまざま)を練り混ぜ、1日分の「テンペラ絵の具」をつくります。絵を描くもの(支持体)は紙やキャンバスは存在しなかったので、板を用います。柾目板の表面をなめらかにするために、下地用に加工した石膏と膠と練って塗り、渇いたら平らに削り、塗る・削る作業を繰り返します。それからやっと絵を描きます。下絵を描き、金箔を貼り、模様をつけ、金箔が不要な部分を取り、薄い色を何度も重ねて塗ります。


原画/ファブリアーノ《東方博士の礼拝》1423年頃 ウフィツィ美術館
左側部分の摸写制作:松澤周子 布のやわらかな質感、柱の上のトカゲもリアルです。
■金箔貼りに挑戦
講演会「実技とお話 金地テンペラの技法は面白い」(木島隆康:東京芸術大学名誉教授)では、材料や作業の手順などを伺い、参加者も金箔を貼る実技に挑戦しました。金箔は空調の風に舞うほど薄く、静電気で刷毛に吸い上げて台紙に乗せました。金箔の上から瑪瑙の棒で押しつけ、細かい模様を刻み込みます。絵の具は卵の分量を調整し、濃さを変えて複数つくり、薄く塗り重ねます。道具も先生自らの手作りだそうです。
テンペラ画の長所は、色が鮮やかで退色しないこと。短所は、グラデーションが難しい、厚塗りができない、油彩のようなリアルな表現ができない、途中で変更できないこと。厚塗りして、描き直しができる油彩画が主流の技法になるのは、納得できます。
テンペラから油彩画までの間には、接着剤の工夫など、地域や歴史によってさまざまな試行錯誤がありました。その試行錯誤を解き明かそうとするひとつが「摸写」なのだと思いました。

原画/フラ・アンジェリコ《リナイウォーリ祭壇画》
1433~35年 フィレンツェ、サン・マルコ美術館
摸写制作:木島隆康
聖母子の光輪、背景の金地には繊細に模様が刻まれています。この絵は展覧会のつやつやに加工されたチラシに掲載され、金地の模様が見やすくなっています。木島先生はこの作品を摸写することで、多くの技法を学ぶことができたそうです。

原画/フラ・アンジェリコ《リナイウォーリ祭壇画》
摸写制作:木島隆康
上記作品の、聖母子のまわりには12人の音楽を奏でる天使たちがいます。そこから、左下と右下の天使を拡大してまわりを装飾した作品です。

原画/シモーネ・マルティーニおよびリッポ・メンミ《受胎告知》(部分)
1333年、フィレンツェ、ウフィツィ美術館
模写制作:十二芳明
光輪の放射状の線、浮き彫りになった文字などが、光って見えにくいので斜めから見ました。マリアに神の子を授かったと伝える大天使ガブリエルが「おめでとう、恵まれた方」とあいさつしている場面です。写真の白い点は館内の蛍光灯が映り込んだものです。全体図はウフィツィ美術館のWebサイトをご覧ください。高さは184センチの大型です。
シモーネ・マルティーニによる受胎告知 |アートワークス|ウフィツィ美術館
https://www.uffizi.it/en/artworks/annunciation-with-st-margaret-and-st-ansanus
■イコンとフランドル絵画

原画/フェオファン・グレーク《ドンスカヤ聖母》
14世紀、モスクワ、トレチャコフ美術館
摸写制作:田中智恵子
東方正教会におけるイコンとは、「天上の国と地上の国の間の窓」にたとえられ、イコンを通して神の国を見る信仰のための画像です。優れたイコンを写し取って繰り返し描き、より複雑な工程で制作された物質感が感銘を与えているといいます。絵の左右に突き出たのは板の反り返り防ぐ堅い木材です。

原画/左 ピーテル・ブリューゲル(父)《絞首台の上のカササギ》
1568年、ダルムシュタット、ヘッセン州立美術館
原画/右 ピーテル・ブリューゲル(父)《鳥罠のある冬風景》
1565年、ブリュセル、王立美術館
摸写制作:2点ともに籾井基充
フランドルではどのように描かれたのかは明確な答えはないそうです。テンペラに油彩、水彩の技法を混ぜたさまざまな方法が行われたようです。
鉱物、原料、道具、制作手順を示す展示もありました。摸写制作をしたのは「古典絵画技法研究会」のメンバー7人、展示作品は44点ありました。展示室内は、一部を除いて撮影が許可され、SNS拡散もOKでした。
■日本庭園のなかの美術館

美術館がある場所は「高砂緑地」といい、明治30年代に近代演劇の開祖・川上音二郎と妻貞奴が別荘をつくり、大正8(1931)年に実業家で浮世絵版画の大収集家の原安二郎が購入して、ヨーロッパ風の松籟荘(しょうらいそう)を建て、日本庭園もつくった場所です。コレクションは、茅ヶ崎ゆかりの作家や作品を中心に、現在約2000点。日本近代美術史に名を残す萬鐵五郎、土屋光逸、青山義雄などが中心です。今年4月24日に開館24周年を迎えました。
■ヨーロッパ古典絵画の輝き -模写に見る技法と表現 2022年4月2日(土)-6月5日(日)
担当学芸員による「ギャラリートーク」日時:2022年5月21日(土) 各日14:00-(40分程度)
会場:美術館展示室 担当:鈴木伸子さん(茅ヶ崎市美術館学芸員)料金:無料(要観覧券/申込不要)
茅ヶ崎市美術館 月曜休館、入館予約不要
JR茅ヶ崎駅から歩いて10分弱、日本庭園のなかにあり、カフェもあります。
茅ヶ崎市東海岸北1-4-45(市立図書館隣り・高砂緑地内)TEL 0467-88-1177 FAX 0467-88-1201
https://www.chigasaki-museum.jp/
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