アート ハミングバード

花のまわりを飛ぶハミングバードのように、アートのまわりを飛び回ります。

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横浜山手の「Art Gallery山手」で猫作品の展覧会

 猫たちの眼差しと出会う
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絵葉書2枚とチョークで猫を描いたマグネット

「Art Gallery 山手」は、みなとみらい線「元町中華街駅」5番出口から徒歩3分、谷戸坂を上る途中にあり、猫をテーマにした展覧会を毎年開いています。第8回「猫・ねこ写真展」PARTⅠを見てきました。

ギャラリーの壁はたくさんの猫の写真で埋まっています。撮影された猫たちは、カメラ目線でじっとこちらを見つめたり、大きなあくびをしたり、体を伸ばしたり、跳んだり、じゃれ合ったりと顔も体の表情も豊かです。子猫の兄弟、親子など猫ファミリーの絆を感じる姿もありました。

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作家の方々は猫の写真集を出版する方、飼い猫を撮り続ける方、猫の家族にこだわる方など。写真には作家が猫たちに向ける温かいまなざしがありました。

猫モチーフのグッズも販売

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ここでは展示だけではなく、展示写真をプリントした絵はがき、猫をモチーフにしたアクセサリーなどを販売しています。猫好きではなくても手に取りたくなります。

 

3センチほどの小さな猫の人形は、陶器のような艶があります。樹脂粘土に油絵の具を塗り込めてひとつひとつていねいに手作りしたものです。猫の人形はテグスのひげをピンと張り、目の位置や方向で表情も豊かです。
雛人形、五月人形や魚をのせたちゃぶ台を囲む猫、卵やジョウロの中から顔をのぞかせる猫たちがいます。

 

ゴールデンウィークには「猫の展覧会」

ゴールデンウィークには、「猫の展覧会」が開かれます。この展覧会も猫をモチーフにしたもので、アクリル画、パステル画、版画、水彩画、ガラス絵、日本画などの絵画、焼き物、トンボ玉、木彫などの立体作品もあります。写真とは違う猫たちが待っています。

アートと山手散策を楽しむ

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扉からマリンタワーが見える


 Art Gallery山手はアートの発信の場所です。絵画、写真、書道・陶芸・手工芸品など、ジャンルにとらわれずにさまざまなアートと出会うことができます。

 

ギャラリー前の谷戸坂を上りきると横浜市イギリス館、山手11番館、山手234番館やエリスマン亭などの洋館が並んだ洋館散策コースです。坂の下には、元町、中華街があって買い物、食事も楽しめます。

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【第8回「猫・ねこ写真展」】
PART
Ⅰ 201729日(木)~219日(日)
PART
Ⅱ 2017223日(木)~35日(日)
【第12回「猫の展覧会」】2017428日(金)~515日(月)

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Art Gallery山手 http://art-g-yamate.com/
室内は許可を得て撮影しました。


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ゴッホとゴーギャンふたりの交流:ゴッホとゴーギャン展 Van Gogh and Gauguin: Reality and Imagination

2016 ゴッホ チラシ 
左:ポール・ゴーギャン《タヒチの3人》1899年  スコットランド国立美術館

右:フィンセント・ファン・ゴッホ《ゴーギャンの椅子》1888年 ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)

 

ゴッホとゴーギャン、パリで出会う

この展覧会はゴッホとゴーギャンの2人の画歴と影響を与え合った作家たちの作品を展示しています。

フィンセント・ファン・ゴッホは1853年にオランダで生まれ、27歳で画家を志し、ポール・ゴーギャンは1848年パリ生まれ、南米ペルーで幼少期を過ごし34歳で画家を志しました。さまざまな職業を経験してから画家としては遅いスタートを切った2人は6歳違いでゴーギャンが年上です。

 

188633歳のゴッホはパリに出て印象派や浮世絵を知り、翌年ゴーギャンに出会いました。

ゴッホは個人的な興味の題材を現実的に描き、ゴーギャンは個人を超えたテーマに想像を加えて描き、違いを超えて惹かれるところがあったのだと、展示を見て思いました。展覧会のサブタイトルにReality and Imagination(現実と想像)とありました。

 

2章ではゴッホの自画像が3点並んでいて、パリでの影響からか暗い色から明るい色彩へなど描き方が違ってきました。《パイプをくわえた自画像》1886年、《自画像》1887年、《パイプと麦わら帽子の自画像》1887年です。

 

 

印象に残った2人の1
2016 ゴッホ靴2

フィンセント・ファン・ゴッホ《靴》1886年 ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)

 

ゴッホとゴーギャン、それぞれの1点を挙げるとすれば、《靴》と《夢を見る子供(習作)》です。

くたびれた1足の革靴が脱いだばかりのように置いてあります。ベッドの脇でしょうか。油彩画を始めて3年のゴッホには身近な画題だったのでしょう。丹念に見つめて執拗に描き込んでいます。

 

2016 ゴッホ ゴーギャンの娘

ポール・ゴーギャン《夢を見る子供(習作)》1881年 オードロップゴー美術館


1882年の第7回印象派展に出品した作品、ゴーギャンの愛娘アリーヌがベッドで寝ています。娘とベッドは印象派のタッチで、足は黒い輪郭線があり、晩年の特徴につながるようです。ゴーギャンの作品は未開の地を求め移り住んだ、ブルゴーニュ地方のポン・タヴェン、タヒチ、マルティニク島で描いた作品が中心に展示されています。

 

椅子に置いたひまわりの花

2016 ゴッホ ゴーギャン画ひまわり 
ポール・ゴーギャン《肘掛け椅子のひまわり》
1901E.G.ビュールレ・コレクション財団

 

ゴッホは影が描かれていない浮世絵を見て、日本は日差しが強く影ができない国と思い込みました。ゴッホは気候が日本に似ている考えた南仏のアルルに画家たちの共同体帯をつくろうと、ゴーギャンを誘ったのです。18881012月、2人の共同生活は2か月ほどで終わりを告げました。ここで2人は別れたと思っていましたが、この展覧会を見て、手紙での交流がずっと続いていたことを知りました。

《肘掛け椅子のひまわり》は1890年ゴッホが亡くなった翌年、ゴーギャンがフランスから種を取り寄せて育てたヒマワリを椅子の乗せて描いたのです。ゴッホのことを思いながらのことでしょう。

またゴッホが描いた《ゴーギャンの椅子》は、ゴーギャンのためにアルルで用意した椅子で188811月アルルの共同生活が終わる前に描いたものです。暗い室内、椅子には本と蝋燭がおいてあり、ゴーギャンの肖像画でもあります。

 ゴッホの椅子とゴーギャンの椅子

 2016 ゴッホ 椅子 レプリカ

展覧会の最後に、実物のゴッホの椅子とゴーギャンの椅子があります。ゴッホがアルルで使った椅子とゴーギャンのために用意した椅子で、両方ともゴッホが描いています。《ゴーギャンの椅子》はチラシにも載っています。ひじ掛け付きでどっしりとしています。ゴッホの椅子の作品は今回はりませんが、いくつかのゴッホ作品で見たもので親しみを感じました。

座り心地を試してみてください。座る部分は堅いひもでできています。記念撮影もできます。椅子はレプリカ、受注生産で買うこともできます。

2016 ゴッホ 袋 
絵葉書を入れる袋もかわいい

【ゴッホとゴーギャン展】
東京都美術館 
2016108()1218()

愛知県美術館 201713()320(月・祝) 
http://www.g-g2016.com/

 

モノが備える痕跡と記憶:塩田千春 鍵のかかった部屋

扉

赤い糸と白い扉

黒い鉄の重たい扉を押し開けると、不思議な世界に入り込んだような気がしました。蜘蛛の巣のように張り巡らされた赤い糸、白い扉だけが赤い世界の入口でした。扉は木製で白いペンキが塗ってあります。扉のひとつは、ところどころペンキが剥がれガラスが汚れていました。

ドア

        

扉に囲まれた空間を抜けると、天井から赤い糸に吊るされた世界中から集めた15000個の鍵が下がっています。壁の一面には大きな鏡があって、赤い糸で覆われた世界が映っています。また、写真撮影が許可されているので、ほとんどの来場者が写真撮影のためにアングルを探ってゆらゆらと歩く様が、作品のパフォーマンスのようにも見えました。
 鏡 

  

モノの痕跡と記憶は扉は作家が住んでいるベルリンから運んだもの。赤い糸は毛糸でこの会場である神奈川芸術劇場から福島県いわき市までの距離の230㎞、作品は15人が15日をかけて制作しました。

2001年横浜トリエンナーレで見せた大きなドレス、2007年神奈川県民ホールギャラリーでピアノと椅子を黒い毛糸で覆いつくした作品など、作家は人と暮らしをともにしたモノに人の歴史を重ねて作品に使っているのです。

 鍵 

2015年ヴェネツィア

今回の展示は、2015年の第56回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展に日本代表作家として出品し、高い評価を得た展示《掌の鍵》の帰国記念展として再構成した新作です。

ヴェツィアでは2艘の小舟を置き、その上から赤い毛糸に鍵を下げました。

「身内が亡くなったときに、大切なものを手に握りたい衝動にかられ、私にはそれが鍵だった。握っていると、停滞しているところから未来に向かっていける気持ちになれる」と日曜美術館のインタビューで作家が答えていました。

 

 糸



【塩田千春 鍵のかかった部屋】
2016914日(水)~1010日(月・祝)

KAAT神奈川芸術劇場(横浜市) http://kaat-seasons.com/chiharushiota/#top


 

 



切支丹でつながる日本とイタリア:特別公開「新発見!天正遣欧少年使節 伊東マンショの肖像」

 ●伊東マンショ 階段 (2)

東京国立博物館・本館階段に大きな垂れ幕

 

■□ミラノから430年ぶりの里帰り

日本とイタリアの国交樹立150周年を記念して、初めて油彩で描かれた日本人の肖像画《伊東マンショの肖像》が、世界で初公開されています。

描かれたのは天正遣欧少年使節のひとり、伊東マンショ(1569頃~1612年、当時16歳)です。ミラノのトリブルツィオ財団で約430年ぶりに裏面の文字から確認されました。イタリア文化会館ではシンポジウム「イタリアと日本、初めての出会い」が開かれ、両国の学者が歴史的背景、美術史的考察の講演を行いました。

 

天正遣欧使節は1582(天正10)年に長崎を出港、中国、インド、ポルトガル、スペイン、イタリアを回り、1590年に帰国しました。ヴェネツィアで歓迎を受け、元老院が大画家ヤコポ・ティントレット(15191594年)に使節の肖像画を注文し、ヤコポの死後、息子のドメニコ・ティントレット(15601635年)が仕上げたのがこの《伊東マンショの肖像》です。使節団の肖像が注文されたと文献だけで知られていたことが、事実として裏付けられたのです。


肖像は、カンバスに油彩、54.0×43.0センチ、暗い色を背景に、やや黒い肌、光が当たる額や頬と丁寧に描かれています。白い大きな襟のひだは張りのある感じで、楕円形の帽子帯の飾りは横顔のようにも見えます。

 

● 聖母

 左:《聖母像(親指のマリア)》江戸時代 東京国立博物館 19.3×24.6センチ

右:カルロ・ドルチ《悲しみの聖母》1655年 西洋美術館 82.5×67センチ

■□フィレンツェの聖母子像

同じ部屋に1585年に刊行された『天正遣欧使節記』と《親指の聖母》も展示されています。

《親指のマリア》は江戸時代に来日したイタリア人宣教師ジョバンニ・パティスタ・シドッチ(16671714年)がもっていたものです。人気があったフィッレンツェの画家カルロ・ドルチ(161687年)が描いた聖母像を模したヴァージョンのひとつです。

元になったと思われる《悲しみの聖母》は同じ上野公園にある西洋美術館の常設展に展示されています。2点を並べてみると、大きさは違いますが、ポーズや雰囲気が似ています。敬虔なクリスチャンの画家カルロ・ドルチ、信仰深いシドッチの二人の思いがつながっているようです。


■□シチリアから来た最後の宣教師

2年前、シドッチの可能性が高い遺骨が東京都文京区の都旧跡「切支丹屋敷跡」から見つかりました。シドッチはキリシタンが禁止された江戸時代に来日、切支丹屋敷に収容されましたが、牢の役人夫妻を入信させたため、獄死したのです。同じところから見つかった遺骨は役人夫婦の可能性があるといいます。亡くなってから約200年が経っていました。

 

関連記事 2013.04/17[Wed]

静かな祈りが伝わる:カルロ・ドルチ《悲しみの聖母》

http://hummingbird331.blog.fc2.com/blog-entry-24.html


特別公開「新発見!天正遣欧少年使節 伊東マンショの肖像」

東京国立博物館 本館 72016517日(火) ~2016710日(日)

http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1793



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art hummingbird

Author:art hummingbird
アート、本、映画を中心に
見たこと、感じたことを伝えていきます。

ハミングバードは蜂鳥のこと、
体長は約6センチ、
蜂のように羽を動かして、
空中に留まることもっできます。

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